よもやま話

さようなら。

こんにちは。Qaidの松浦です。

人が心地よく生活するためには、挨拶がとても大切なことはみなさんご承知の通りです。

仕事の場面でも「おはようございます!」「お疲れ様でした!」という挨拶を交わしていることだと思います。

以前の職場にいた女性の方なのですが、帰り際の挨拶はいつでも「さようなら」でした。

ほぼ100%の人が「お疲れ様でした」という場面で「さようなら」という彼女はとても印象的で少し不思議な感じがしたのを覚えています。

上述のことを、これまた20年来の友人である文学女性に話してみたら、「さようなら」の意味を教えてくれました。

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「さようなら」というのは、「左様なら」です。
左様でしたらなら仕方ありません」という思いを断ち切る感情を表現しています。
それでも力を尽くしたその果てに訪れる、人の力の遠く及ばぬ摂理が別れだと思うのです。そんな大きな摂理である別れに際して、『さようならば』と思いを断ち切り運命を受け入れる潔さをこの日本語に感じます。

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目の前の、到底「左様ですか」と受け入れることができない別れに対して、「左様ならばいたしかたない」と別れを受け入れるとき、心が引き裂かれる思いで「さようなら」と言うのだそうです。

前での職場の彼女が、私に対して心が引き裂かれる思いで「さようなら」と言っていた訳ではありませんが、言葉しては上述のような意味が隠されているとのことです。

いや~重い言葉ですね・・・。

しかし、人間は悲しい別ればかりではないことは、経験上誰もが知っています。

それは、自他共に満足し、別れを「受け入れる」ことができたとき。

「左様ならば、あなたとの運命を受け入れることができる」、と悲しくない別れもまた人生を彩るイベントであり、「もう離れても大丈夫だよね!」という意味での「さようなら」が言えた時、とても前向きな明るいお別れになります。

私達は、今ある現状に満足していなくても、それを認めて生きていかなければならないことがとても多いです。

「左様なら(しかたありません)」の「さようなら」。
「左様なら(大丈夫です)」の「さようなら」。

最後の最後には、後者の「さようなら」を言い合って離れることができるよう、豊かな人間関係を構築し、プライベートと仕事の両方をとことん満足するまで思いっきり楽しみたいものです。

まずは、まだまだ若い弊社ですが、我々の品質相談を受けたお客様が、「もう大丈夫です」という意味で「さようなら」と行ってくれるように、弊社社員一同精進していきます。