よもやま話

同じモノを見て考える

こんにちは。Qaidの大津です。

突然ですが、私の友人に「洗濯機を覗くと安心する」という人がいます。

私の頭の中は「何故?」「目が回らないの?」「どこを見ているの?」という感じで「?」マークのオンパレードになってしまいます。

ところが、ある時、この話を会社のメンバが集まる食事の場で話題にしたことがあったのですが、驚くことに、私の友人だけではなく、「洗濯機を覗くと面白い」といった、同じような趣味(?)を持つ人が多い様でした。彼らの主張はこうです。

Aさん渦を見つめていると、繰り返しの中に安心感を感じる。
Bさん渦の中の目立つもの(黒いボタンなど)の
「予想外の動き」が興味深い。
Cさん自分が蟻地獄に落ちた様な気持ちになる。

同じものを見ている筈なのに、人により「何を面白いと感じるか」が異なるって面白いと思いませんか?

ところで、私は写真撮影が好きで、仲間との撮影に行く事が多いのですが、この時にも、「何を面白いと感じるか」の個性を感じることがあります。

例えば、湖畔の湖(そして、湖の先に富士山)がある風景の場合…

富士山の雄大さを表現したいので、
出来るだけ広い範囲(幅)で湖・富士山・空を撮影する。
友人A富士山の美しさを表現したいので、
山は左に寄せ、流れる様な尾根を中央に撮影する。
友人B湖と富士山のバランスの良さを表現すべく、
上半分に富士山、下半分に湖を入れる。

※かなり趣味の世界に入ってしまいましたが…

このように同じ景色を見ても、人それぞれの感性で異なる写真が出来上がるのが撮影の奥深さでもあります。

さて、私達が仕事をする際に「現物を見て意識を合わせよう!」「同じものを見て誤解をなくそう!」というシーンが良くありますよね。

同じ設計書を見て仕様の理解度を合わせたり、トラブル内容をホワイトボードに図示して問題点を共通認識したりする行為がその例ですね。

「意識合わせ」はとても大切なことなのですが、それと同じくらい大切なのが「個性的な指摘やコメント」です。10人中9人が気づかないことを言う1人の意見にハッとさせられたことはないでしょうか?

「意識合わせ」が最重要な場とは言っても、少数意見(もっと言うと個人の意見)が「意識が合っていないこと」として排除されないように気をつけたいものです。

なぜなら、我々は個々が同じモノを見ても違う感じ方をする性質があるのですから。そこには誰もがハッとするような、宝石の輝きを持つ意見が隠れているかも知れませんよ。

RachelBostwickによるPixabayからの画像